接触していない場合に暴行罪が成立する?【弁護士が判例で解説】

暴行とは

暴行罪における「暴行」の意義について、判例は「人の身体に対する不法な攻撃方法の一切」をいうとしています(大判昭和8.4.15)。

さらに同判例は、被害者の服を掴み被害者の行動の自由を奪うだけでも暴行に当たるという事実認定をしています。

この判例の判例解説についてはこちらをご覧ください。

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まったく触れもしなかった場合の裁判例

では、服を掴むことすらしない、すなわち、まったく触れもしないケースの場合に、暴行罪に問われることがあるのでしょうか。

大阪高判平成24年3月13日は、被害者と向かい合った状態で、被害者と一定の距離を保ちつつ前進し、被害者に後ずさりを余儀なくさせた行為が、暴行罪における「暴行」に当たるのかについて論じた重要判例です。

判例 直接の身体接触はないものの、暴行に当たると認めた裁判例

Xは、仕事の休憩時間に、近くのコンビニエンスストアに立ち寄った。

コンビニエンスストア駐車場まで到着したXは、目の前で、二つの車が衝突寸前になるのを目撃した。

Xから見ると、Yの運転する車が、わざと後退して、Zの運転する後続車に、衝突しにいっているようであった。

YとZは互いに車から降り、話し合いとなったが、YがZに対し、修理費を支払えと請求し、Zは、警察を呼びましょうと発言していた。

Xは、二人の元に近づき、「警察を呼んだほうがいいですよ」と発言し、自ら警察を呼ぼうとした。

すると、Yが、Xに対し、「お前何言うとるんじゃ」と怒鳴るなどけんか腰の態度を示したことから、Xは、Yに詰め寄り、Yに対し、30センチから50センチくらいの距離まで近づき、Yに向かって前進し、Yに後ずさりを余儀なくさせた。

Xの前進スピードは、秒速1.3メートル余りであった(早歩き程度)。

Yは、後ずさりするうちに、何らかの理由により後ろ向けに倒れこみ、頭部を強打して傷害を負った。

Xは、傷害罪として起訴されるに至った。

Xの弁護人は、「体には触れていないし、触れるつもりもなかったのであるから、傷害の実行行為である暴行に当たらない」と主張し、高等裁判所まで争った。


「被告人(X)は、向かい合っている被害者(Y)に向かって、興奮して怒っているような態度で、被害者が転倒するまでの約3秒間、およそ4メートルにわたり、約30ないし50センチメートルの距離を保ちながら、秒速1.3メートル余りの速度で歩いて前進し、被害者が後ずさりしてもなおほぼ同程度の距離を保ちながら前進していたものである。
このような被告人の本件行為によって、被害者は、後方を確認する時間的・精神的余裕のないまま、上記の速度で後ずさりすることを余儀なくされたものであって、上記のような速度で、後方確認ができないまま後ずさりをするという行為の不安定さや時間的・精神的余裕の無さ等に鑑みると、被告人の本件行為は、路面が傾斜していたかどうかとか、点字ブロックが存在していたかどうかとかにかかわらず、被害者に対して、路面につまずくとかバランスを崩すなどといった原因により、被害者をして転倒させてけがをさせる危険を有するというべきであるから、直接の身体接触はないものの、傷害罪の実行行為である暴行に当たると認めるのが相当である。」

【大阪高判平成24年3月13日】

量刑について

裁判のイメージイラスト第一審は、Xを懲役3年、執行猶予5年に処しましたが、高裁は、Xを罰金50万円に処しました。

懲役刑から罰金刑に減刑したのです。

その理由について、本判例は、以下のように述べています。

「(本件は)、要するに、停止していたY運転の自動車にZ運転の自動車が衝突したとして、YがZに苦情を言って金銭要求をしていたトラブルについて、衝突があったとされる場面等を近くで見ていたXが、警察に言った方がよいなどとZにアドバイスしたのに対し、Yが、Xに対してけんか腰の態度を示したため、Xが、立腹の感情と、言い掛かりをやめさせる目的から、Yに詰め寄ったというものである。証拠によれば、被害者の言い分は虚偽の言い掛かりといえるから、XがZに上記のようなアドバイスをしたことは何ら不当でなく、けんか腰のYに対して立腹するのも無理からぬ面があるし、Zに対する言い掛かりをやめさせる目的があった点でも酌むべきものがある
また、犯行態様は、Yに対して直接手や足で殴ったり蹴ったりしないように気を付けながら、約3秒間にわたり、Yを威圧する様子を示しながら、Yとの距離をおおよそ保って、Yに向かって歩いて前進したというにすぎないのであり、これによりYが後ずさりすることによって転倒してけがを負う可能性はあるとはいえ、その可能性はかなり低いというべきであり、暴行の程度としては軽い部類に属するといえる。
他方で、Yの負ったけがは、全治不能の右急性硬膜下出血、外傷性くも膜下出血、脳挫傷、頭蓋底骨折等という非常に重篤なものであって、全介助状態が持続すると診断されるなど、本人のみならず家族に与えた影響も大きく、この点を軽視することはできない。
しかし、反面、このような重傷を負うに至ったのは、Yが転倒した箇所にたまたまブロック塀があり、そこに頭部を強打したという偶然の要素が大きく働いているのであって、Xがこのような現地の状況を利用したといえないのはもとより、これを認識していたとも認められない
加えて、犯行後、直ちに119番通報するとともに、救命のための措置を執ったこと、前科がなく、特段問題のない社会生活を送ってきたことなどのXにとって酌むべき事情もある
以上の諸事情を併せ考えると、Xに対しては罰金刑をもって臨むのが相当であって、Xを懲役3年、5年間刑執行猶予に処した原判決の量刑は、懲役刑を選択した点で重きに過ぎるというべきであり、是正を要する。」

 

 

弁護士の解説

本判例は、衣服を含め相手に一切接触しない行為であっても、暴行に当たりうることを示しました。

判示において、暴行に当たるか否かについて、以下のポイントに着目していることが参考になります

後方を確認する余裕のないまま、後ずさりすることを余儀なくされたこと

Xは、Yに一切触れてはいませんが、Yと近距離に立ち、Yを後ずさりさせています。

Yは、Xの行為により、本来する必要のない行動を取らされています(逆にいえば、本来取りたい行動を取ることを困難にしています)。

判例が、「人の身体に対する不法な攻撃方法の一切」に当たるか否かの判断において、被告人の行為が、被害者の行動にもたらした物理的・心理的な影響に着目していることが分かります。

暴行罪の保護法益は、人の身体ですから、人の身体への物理的・心理的な影響に着目することは正当といえるでしょう。

デイライト法律事務所画像その観点から考えると、例えば東京高判昭和25年11月9日高刑3.2.222は、驚かせる目的で、他人の数歩手前を狙って投石する行為を暴行として認定していますが、仮に「他人の数歩『後方』を狙って投石する行為」が問題となった場合に、裁判所は暴行として認定しない可能性があります。

人が、投石されたことに気づく可能性がないような角度から人の後方に投石し、実際にその人が何ら気づくことがなかったのであれば、行動に物理的にも心理的にも一切影響を与えなかったことになるからです。

もちろん、後方への投石であっても、恐怖を与えた場合には、暴行となるでしょう。

 

被害者を転倒させてけがをさせる危険を有する行為であったこと

大阪高裁は、Xの行為が、Yに傷害結果をもたらす危険な行為であったかどうかに着目していることがわかります。

しかしながら、判例理解としては、傷害結果をもたらす危険な行為であることを暴行該当性の要件としていると読むことは適切ではなく、考慮要素の一つにとどまるものとして捉えていると読むことが適切であると思われます。

裁判なぜなら、上記大判昭和8.4.15は、被告人が被害者の服を引っ張り、電車に乗車するのを防いだだけであり、怪我をする危険性は皆無であったにもかかわらず、暴行として認定していますし、福岡高判昭和46.10.11刑月3.10.1311は、食塩を振り掛けるだけという危険性の皆無の行為であったにもかかわらず、暴行として認定しているからです。

様々な判例を統一的に理解しようとするならば、判例は、「傷害結果をもたらす危険な行為であるかどうか」を、必須要件としてではなく、むしろ上述した、「行為が相手の行動に与える物理的・心理的な影響」の大きさを示す一要素として捉えている、そして判例は、その物理的・心理的な影響が一定程度以上認められる場合に、「人の身体に対する不法な攻撃方法」と認定している、と理解することができるように思います。

 

量刑について

暴行に該当しないという弁護人の主張は、認められませんでしたが、弁護人の弁護活動が全くもって無意味だったわけではありません。

弁護人の弁護活動により、被告人Xの暴行が、相手に何ら触れない軽微な暴行であり、危険性の小さいものであったこと等が再認識され、量刑が大きく減軽されたのです。

当事務所は、減刑を目指す弁護活動にも力を入れています。お気軽にご相談ください。

 

 

まとめ

弁護士以上、被害者に接触していない場合の暴行罪の成否について、重要判例を踏まえて、くわしく解説しましたがいかがだったでしょうか。

今現在、暴行罪における暴行とは、「人の身体に対する不法(違法)な攻撃方法(有形力の行使)」等と簡素化した形で定義付けられており、そこに争いはありません。

しかし、その定義自体に争いがなくとも、具体的な行為が暴行に当たるのか否かについては、争いが生じる可能性があります。

もし暴行該当性を争うのであれば、判例が、行為が相手方に与えた影響、行為の危険性の程度に着目していることに鑑み、それらの視点から、暴行に該当しないという主張を説得的に展開する必要があります。

暴行の事実を争いたい方、傷害事件を起こしてしまった方、傷害事件で家族が逮捕されてしまった方、当事務所には刑事事件チームが設置されていますから、お気軽にご相談ください。

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