暴行罪の判例解説

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暴行罪の判例

暴行罪における「暴行」の意義について述べた判例(大判昭和8年4月15日)

事案

Xは、Yが代表を勤める会社の労働者であり、労働条件の向上を目指して争議活動をしていた。しかしながら、長らく、Yは、Xの要求に耳を貸さなかった。

Xは、ある日、Yを駅で待ち伏せし、出勤のため電車に乗ろうとするYに対し、「逃げるな、交渉に応じろ」と言いながら、同人の着衣をつかみ引っ張るなどの行動を取り、Yが電車に乗るのを封じた。Yは怪我をしなかったし、Xの行為の程度からして、Yが怪我をする可能性すらないものであった。

しかしながら、Yは出勤できなかったことに憤慨し、暴行を受けたとして被害届を提出した。

その結果、Xは、暴行罪として起訴されるに至った。

Xの弁護人は、「体には触れていないし、傷害に至る可能性すらない行為であったのであるから、暴行に当たらない」と主張し、大審院(今でいう最高裁判所)まで争った。

判例
(刑法第208条にいう)暴行とは、人の身体に対する不法な攻撃方法の一切をいい、その暴行が性質上、傷害の結果を惹起すべきものであることを要しない。したがって、人が電車に搭乗しようとしているのを妨げる行為(着衣をつかみ引っ張るなどの行為)は、人の身体に対する不法な攻撃に他ならないから、暴行に当たる。

【大判昭和8年4月15日刑集12・427】

引用元:刑法|電子政府の総合窓口

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弁護士の解説

古い判例ですが、暴行罪の「暴行」の意義を判示した重要判例です。

弁護人は、「服をつかんで電車に乗るのを防いだだけであり、体に触れてもいなければ、怪我する可能性も皆無だったのであるから、暴行罪は成立しない。成立するとすれば、服が破れた場合に器物損壊罪だ」といった趣旨の主張をしましたが、裁判所はこの主張を退けました。

裁判所の判断の意義は2つあります。

体に直接攻撃を与えなくても足りる

まず、服のみを引っ張るといった、体に一切触れない行為であっても、「暴行」となります。

体に一切触れない行為であっても、人の行動に影響を与えるような行為であれば、「人の身体に対する不法な攻撃方法の一切」に含まれ、暴行となります。

この判例の趣旨を踏まえると、「人の数歩手前を狙って投石する行為(東京高判昭和25年6月10日高刑3・2・222)」、「狭い部屋で日本刀抜き身を振り回す行為(最決昭和39年1月28日刑集18・1・31)」、「人の耳元で太鼓や鐘を打ち鳴らす行為(最判昭和29年8月20日刑集8・8・1277)」なども、暴行に当たることになります。

引用元:昭和25年6月10日|東京高等裁判所

引用元:昭和39年1月28日|最高裁判所

引用元:昭和29年8月20日|最高裁判所

怪我をするおそれがない行為でも足りる

次に、服を引っ張り行動を制止するといった、怪我をする恐れのない行為であっても「暴行」となります。

怪我をする恐れのない行為であっても、人の行動に影響を与えるような行為であれば、「人の身体に対する不法な攻撃方法の一切」に含まれ、暴行となります。

この判例の趣旨を踏まえると、「他人の頭や顔に、お清めと称して食塩を振り掛ける行為(福岡高判昭和46年10月11日刑月3・10・1311)」や、「毛髪を切断する行為(大判明治45年6月20日)」も暴行となります。

なお、毛髪を切断する行為については、暴行を超えて傷害罪が成立するとする裁判例もあります。

 

まとめ

今現在、暴行罪における暴行とは、「他人の身体に向けられた違法な有形力の行使」等と簡素化した形で定義付けられていますが、その定義を理解するうえでも、上記2つの意義を押さえておく必要があります。

 

 

あおり運転に関する暴行罪の判例

あおり運転は暴行罪より厳しい「妨害運転罪」が成立する可能性があります(さいたま地裁令和3年5月17日)

近年、自動車の運転中に、後方から異常に接近して威嚇をしたり、前方に割り込んで急ブレーキをかけたり、幅寄せ行為を行ったりするなどといった、いわゆる「あおり運転」の事案が度々発生しています。

上記の判例を踏まえますと、これらの行為に関しても、被害者の身体に対する不法な有形力の行使、すなわち暴行に当たるということができそうです。

実際に、幅寄せ行為が暴行罪にあたると判断した裁判例も存在します(東京高裁昭和50年4月15日)。

ですが、こうしたあおり運転につきましては、一歩間違えば重大な事故に繋がり、人命が失われる可能性も高く、単なる暴行罪では済まされないほどの危険性を有しているといえます。

こうした危険性を踏まえ、2020年より道路交通法が改正され、こうした悪質なあおり運転については「妨害運転罪」として処罰されることとなりました

令和3年5月には、妨害運転罪の成立を認めた裁判例が出るなど(さいたま地裁令和3年5月17日)、今後徐々に適用例は増えていくことと考えられます。

引用元:さいたま地裁令和3年5月17日|最高裁ホームページ

 

 

 


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